枝沢は大事だよ
山地を流れる相対的に大きな川に注ぐ小さな沢のことを「枝沢」と呼ぶことがあります。
枝沢は、河川としての規模は小さいものの、昔から「枝沢が本流筋に住む渓流魚の供給源となっている」と考えられており、「種沢」とみなし資源維持の観点で禁漁区とされていることもあります。なお渓流魚というのはイワナ類やヤマメ・アマゴといったサケ科魚類を指しています。
最近の調査によると、それはデータ的にも裏付けられることが分かってきたそうです(※)。
ただし従来は、秋に本流・大支流に住む魚が枝沢に遡上して産卵するから重要だ、というイメージで語られてきましたが、どうも実態は逆で、渓流魚はあまり移動しない傾向があるらしい。そして逆に枝沢に住む魚が枝沢で産卵し、孵化した稚魚が本流・大支流に移動(増水で流されるのかもしれない)して成長する傾向があることが分かってきたそうです(もちろん堰堤で区切られていない前提)。
また、枝沢は大石がゴロゴロしていたり倒木が多いなど隠れ家が多いために、開けた本流・大支流よりも魚の生存率は高い傾向にあるそうです(もちろん根こそぎ魚を釣っていかない前提)。
それを踏まえると、渓流魚を保全するのであれば、枝沢の環境を維持することが肝心といえます。それを実践し、養殖された放流魚に頼らず釣り場を維持している漁協もあるそうです。
⇒長野県志賀高原漁協
https://web.tsuribito.co.jp/suburb/nagano-zakogawa1609
で、南アルプス・大井川源流部でのリニア計画に目を移します。
南アルプストンネル工事では、大井川および大きな支流(西俣)だけでなく、そこに合流する枝沢(悪沢、蛇抜沢など)でも流量減少が予測されています。これら枝沢は、渓流魚の産卵域となっている可能性がありますが、環境調査の結果は非公開とされているので詳しいことは分かりません。ただし地元漁協では古くから禁漁区に指定しています。


(国土地理院ホームページ 電子国土Webより複製・加筆)

(静岡県中央新幹線環境保全連絡会議 第16回生物多様性部会専門部会【資料1-1】景観に基づく生息場評価法について)

(蛇抜沢 ドローンによる画像 2023年9月 現地を訪問された方から提供)
これら枝沢に渓流魚が生息していた場合、トンネル工事により水が涸れそうだとして別の所へ移植したところで、あまり功を奏さないと思われます。
移殖された魚の命は長らえるかもしれませんが、大井川水系全体でみれば、種沢を失ってしまうことには違いありません。大井川水系全体の個体数の維持にはあまり役立ちそうにないのです。しかも移殖先が規模の小さな枝沢であれば、生息可能な個体数には限度があります。仮に200匹しか棲めないところに他所から100匹を上乗せしたところで、エサや生息場所をめぐる個体間の競争が激しくなって200匹に落ち着くか、平均的な個体サイズが小さくなるかで、あまり芳しい結果にはならないでしょう。環境収容力を越えた魚は住めないのです。また移殖だと、人目につきやすい特定の種しか対象とならず、生態系の保全にはつながらなさそうです。
国・県の有識者会議ではトンネル湧水で魚などを増殖しようなんて案も出ていますが、かなり見当違いな気がします。
※つり人社「研究者が本当に伝えたかったサカナと水辺と森と希望(2024年)」を参照
原典は2022年にBritish Ecological Society(英国生態学会)の学会誌Journal of Applied Ecologyに掲載された次の論文
Small giants: Tributaries rescue spatially structured populations from extirpation in a highly fragmented stream
https://besjournals.onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/1365-2664.14200
調査対象地域は山梨県の富士川水系荒川の源流部(昇仙峡の奥)
日本語でのタイトルは『支流は小さな巨人~渓流魚の「種沢」は本当だった~』
【要旨(Google翻訳に基づく)】
1 生息地の断片化は、生物多様性に対する広範な脅威である。河川網のような線状に配置された生息地は、特に断片化に対して脆弱である。景観がますます人工的になるにつれ、断片化された生息地パッチの保全価値は無視できない。断片化されたパッチにおける個体群の存続または絶滅の人口動態メカニズムを理解することは非常に重要である。
2 本流の砂防ダムによって高度に分断された源流域において30年以上にわたり、生息している2種の日本産陸封型サケ科魚類の空間構造を持つ個体群動態を研究した。9年間のマーク・再捕データを用いて、空間マトリックス個体群モデルをパラメータ化し、解析した。
3 支流はいくつかのライフステージにおいて高い生存率を支え、支流から本流への移動は非対称であった。そのため、支流は研究対象とした河川網の面積でわずか12%または18%を占めるに過ぎないにもかかわらず、両種において本流よりも支流パッチの個体群成長率が高かった。支流は、物理的にも水理学的にもより複雑な河川内生息地(すなわち、高い樹木密度と流水避難場所)を有しており、空間的に構造化されたこれらの個体群の動態を決定する上で、生息地パッチの質が生息地パッチの大きさよりも重要であることを示唆している。
4 これらの個体群の軌跡において、河川網における支流の位置は重要な役割を果たしていた。上流域に生息するイワナは、支流を含む上流域からの魚類の移入により、高度に分断された本流パッチ(500m未満のパッチ内に6つの通行不能な構造物が存在する)に生息し続けた。しかし、下流域に生息するヤマメは、移入個体の減少と分断化による移入阻害により、正の個体群成長率を維持できず、分断された本流パッチの最上流部から徐々に姿を消した。
5 結論と応用。小規模支流は、空間的に構造化された個体群を絶滅から救い(イワナ)、あるいは少なくとも絶滅を遅らせた(ヤマメ)と結論付ける。水生生息地としての源流域の法的保護は、世界的に弱い。本研究結果は、小さな支流の人口学的価値を過小評価する河川管理計画では、源流域の生物の個体群を保護できず、その結果、水生生物多様性が危険にさらされる可能性が高いことを示唆する。本研究は、生息地の連結性と漁業管理に関連した保全上の示唆について議論する。
枝沢は、河川としての規模は小さいものの、昔から「枝沢が本流筋に住む渓流魚の供給源となっている」と考えられており、「種沢」とみなし資源維持の観点で禁漁区とされていることもあります。なお渓流魚というのはイワナ類やヤマメ・アマゴといったサケ科魚類を指しています。
最近の調査によると、それはデータ的にも裏付けられることが分かってきたそうです(※)。
ただし従来は、秋に本流・大支流に住む魚が枝沢に遡上して産卵するから重要だ、というイメージで語られてきましたが、どうも実態は逆で、渓流魚はあまり移動しない傾向があるらしい。そして逆に枝沢に住む魚が枝沢で産卵し、孵化した稚魚が本流・大支流に移動(増水で流されるのかもしれない)して成長する傾向があることが分かってきたそうです(もちろん堰堤で区切られていない前提)。
また、枝沢は大石がゴロゴロしていたり倒木が多いなど隠れ家が多いために、開けた本流・大支流よりも魚の生存率は高い傾向にあるそうです(もちろん根こそぎ魚を釣っていかない前提)。
それを踏まえると、渓流魚を保全するのであれば、枝沢の環境を維持することが肝心といえます。それを実践し、養殖された放流魚に頼らず釣り場を維持している漁協もあるそうです。
⇒長野県志賀高原漁協
https://web.tsuribito.co.jp/suburb/nagano-zakogawa1609
で、南アルプス・大井川源流部でのリニア計画に目を移します。
南アルプストンネル工事では、大井川および大きな支流(西俣)だけでなく、そこに合流する枝沢(悪沢、蛇抜沢など)でも流量減少が予測されています。これら枝沢は、渓流魚の産卵域となっている可能性がありますが、環境調査の結果は非公開とされているので詳しいことは分かりません。ただし地元漁協では古くから禁漁区に指定しています。
(国土地理院ホームページ 電子国土Webより複製・加筆)
(静岡県中央新幹線環境保全連絡会議 第16回生物多様性部会専門部会【資料1-1】景観に基づく生息場評価法について)
(蛇抜沢 ドローンによる画像 2023年9月 現地を訪問された方から提供)
これら枝沢に渓流魚が生息していた場合、トンネル工事により水が涸れそうだとして別の所へ移植したところで、あまり功を奏さないと思われます。
移殖された魚の命は長らえるかもしれませんが、大井川水系全体でみれば、種沢を失ってしまうことには違いありません。大井川水系全体の個体数の維持にはあまり役立ちそうにないのです。しかも移殖先が規模の小さな枝沢であれば、生息可能な個体数には限度があります。仮に200匹しか棲めないところに他所から100匹を上乗せしたところで、エサや生息場所をめぐる個体間の競争が激しくなって200匹に落ち着くか、平均的な個体サイズが小さくなるかで、あまり芳しい結果にはならないでしょう。環境収容力を越えた魚は住めないのです。また移殖だと、人目につきやすい特定の種しか対象とならず、生態系の保全にはつながらなさそうです。
国・県の有識者会議ではトンネル湧水で魚などを増殖しようなんて案も出ていますが、かなり見当違いな気がします。
※つり人社「研究者が本当に伝えたかったサカナと水辺と森と希望(2024年)」を参照
原典は2022年にBritish Ecological Society(英国生態学会)の学会誌Journal of Applied Ecologyに掲載された次の論文
Small giants: Tributaries rescue spatially structured populations from extirpation in a highly fragmented stream
https://besjournals.onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/1365-2664.14200
調査対象地域は山梨県の富士川水系荒川の源流部(昇仙峡の奥)
日本語でのタイトルは『支流は小さな巨人~渓流魚の「種沢」は本当だった~』
【要旨(Google翻訳に基づく)】
1 生息地の断片化は、生物多様性に対する広範な脅威である。河川網のような線状に配置された生息地は、特に断片化に対して脆弱である。景観がますます人工的になるにつれ、断片化された生息地パッチの保全価値は無視できない。断片化されたパッチにおける個体群の存続または絶滅の人口動態メカニズムを理解することは非常に重要である。
2 本流の砂防ダムによって高度に分断された源流域において30年以上にわたり、生息している2種の日本産陸封型サケ科魚類の空間構造を持つ個体群動態を研究した。9年間のマーク・再捕データを用いて、空間マトリックス個体群モデルをパラメータ化し、解析した。
3 支流はいくつかのライフステージにおいて高い生存率を支え、支流から本流への移動は非対称であった。そのため、支流は研究対象とした河川網の面積でわずか12%または18%を占めるに過ぎないにもかかわらず、両種において本流よりも支流パッチの個体群成長率が高かった。支流は、物理的にも水理学的にもより複雑な河川内生息地(すなわち、高い樹木密度と流水避難場所)を有しており、空間的に構造化されたこれらの個体群の動態を決定する上で、生息地パッチの質が生息地パッチの大きさよりも重要であることを示唆している。
4 これらの個体群の軌跡において、河川網における支流の位置は重要な役割を果たしていた。上流域に生息するイワナは、支流を含む上流域からの魚類の移入により、高度に分断された本流パッチ(500m未満のパッチ内に6つの通行不能な構造物が存在する)に生息し続けた。しかし、下流域に生息するヤマメは、移入個体の減少と分断化による移入阻害により、正の個体群成長率を維持できず、分断された本流パッチの最上流部から徐々に姿を消した。
5 結論と応用。小規模支流は、空間的に構造化された個体群を絶滅から救い(イワナ)、あるいは少なくとも絶滅を遅らせた(ヤマメ)と結論付ける。水生生息地としての源流域の法的保護は、世界的に弱い。本研究結果は、小さな支流の人口学的価値を過小評価する河川管理計画では、源流域の生物の個体群を保護できず、その結果、水生生物多様性が危険にさらされる可能性が高いことを示唆する。本研究は、生息地の連結性と漁業管理に関連した保全上の示唆について議論する。
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