JR東海のやろうとしているのは本来のネイチャーポジティブとは言えないのではないか。

このところ、リニア中央新幹線南アルプス静岡工区に関係して、ネイチャーポジティブ(NP)なる言葉をよく見聞きするようになりました。

日常的には聞きなれないこの言葉。環境省ホームページによれば

ネイチャーポジティブとは日本語訳で「自然再興」といい、「自然を回復軌道に乗せるため、生物多様性の損失を止め、反転させる」ことを指します。
https://www.env.go.jp/guide/info/ecojin/eye/20240214.html
とのこと。


2022年の国連生物多様性条約第15回締約国会議(COP15)で提唱され、翌2023年には日本政府としても「J-GBFネイチャーポジティブ宣言」を発表。IUCN(国際自然保護連合)でも紹介されるなど、その概念は世界的なスタンダードとなっているかのようです。

以前なら自然再生事業などと呼ばれていたものとどう違うのかよく分かりませんが、以前なら再生、回復を目標としていたものを、今後は「それ以上」を目指すという違いなのかもしれません。

この考え方自体には、特に疑問や異論はありません。

ただ、この概念を今後の開発行為への対策として適切なのか?という点は十分に検討すべきでしょう。

国交省の有識者会議で出席委員から提示されたNPの発想を南アルプスにも応用し、リニア工事に備えようというのが今の流行り(?)となっております。

現在、議論の的となっているヤマトイワナを例にすると、

大井川水系のヤマトイワナは電源開発、乱獲、本来大井川にいなかったニッコウイワナとの交雑でいまや激減。トンネル工事で河川流量が減少したら、さらに個体数が減少してしまうおそれがある。

⇒ならば、これ以上の交雑を抑えれば、トンネル工事による個体数減少のペースを補って余りある(というか鈍らせる)。

こういう理屈となっております。こちらは静岡市の提示した案。

重点的な沢2.jpg
【7月18日 第23回 静岡市中央新幹線建設事業影響評価協議会 会議資料1より】

かつての電源開発、乱獲、国内移入魚の放流といった行為を行った当事者(電力会社、昔の釣り人や漁協、行政)の立場としては、自らのツケをJR東海にフォローさせることになるので、有難い話なのかもしれません。



しかし―

前述のIUCNのページでは、NPの概念を「2020年を基準として、2030年までに自然の損失を食い止め、反転させ、2050年までに完全な回復を達成する」という世界的な社会目標と説明しています。しかし、南アルプスで検討されているのは「完全な回復」ではなく、これから個体数減少のペースを鈍らせることで開発によるダメージを相対的に小さくさせるというレベルのもの。悪化した自然環境を回復させることが目標ではなく、開発行為に伴う自然環境悪化への埋め合わせという意味合いが強く、従来の代償措置と変わりないのではないかと思うのです。あるいは、JR東海による「地元貢献」の一環なのかもしれません。

また、こうした案ではヤマトイワナという特定種の個体数回復・保全が焦点となっており、その他の生物を含む河川生態系についての視点が欠けています。

例えば悪者扱いされているニッコウイワナといえども、それをエサとしている鳥や哺乳類にとっては、個体数減少は困ったこととなりましょう。渓流魚を捕食するヤマセミ(県版RDBで絶滅危惧ⅠB)やカワネズミ(同:準絶滅危惧種)の保全という観点では、渓流魚が豊富なことが重要であり、そのためにはヤマトイワナだけを守ればよいという理屈は成り立たないと思うのです。もちろんヤマトイワナが豊富になるのがベストですが、上記の案では、そこまで見据えているようには思えません。
ヤマセミ 保全.jpg
【環境影響評価書より】


ところで、これをヤマトイワナの保全措置という観点に絞って考えても、いろいろと疑問があります。

静岡市が提示した一案では、これ以上の交雑を防ぐために、ヤマトイワナの交雑が進んでいない区間を仕切ってしまうというものがあります。だけど、池や用水路ならともかく渓流において、そんなことが可能なのでしょうか? 

また、トンネル工事による流量減少は、事前に影響の及ぶ範囲や程度を正確に知ることができません。しかし相手が水生生物である以上、沢が枯渇してからの事後的な対応では間に合わない可能性があります。この矛盾をNPの観点ではどう解消するのでしょう。

ひとつの考えとして、トンネルから離れていて流量減少がまず起こらないと予想される沢において個体数回復を目指せばよいのかもしれません。

先の静岡市作成資料(原図はJR東海作成)では、流量減少の傾向が予測される沢は蛇抜沢など数河川に限られ、西俣上流部では流量は減少しないとされています。しかしその付近もトンネルが突っ切るし、最も山深いところなので地質調査は手薄であり、信頼性は低そうな気がします。この付近の沢だけでは心もとない。

保険という意味では、評価書で示された「高橋の水文学的方法」で流量に影響を及ぶ可能性の低いとされる、トンネルからかなり離れた沢において個体数回復を目指した方が良いのではないでしょうか。トンネルより北の大井川最源流部(東俣)や、トンネルより南の支流(奥西河内、赤石沢など)。もっとも、こうして範囲を広げれば原子調査が1~2年は伸びるでしょうけど。寸又川水系まで調べる必要があるかは分かりませんが・・・

そもそも個体数が回復してからトンネル工事に着手するのか、それともトンネル工事をしながら個体数回復に取り組むのか、どちらなのかもはっきりしません。前者だったら着工の目途はいつまでも見通せないままでしょう。しかし後者だったら、トンネル工事によって流量減少が起きた場合、元も子もなくなる可能性を否定できません。環境保全の観点からは前者でなければなりませんが・・・

そしていくら渓流環境の改善を目指すといっても、発電用に大量の水が取水されている現状では、けっして本来の河川環境には戻り得ません。水資源対策の一部として提示されている田代ダム(東京電力)取水抑制案のようなことを、中部電力にも求める必要があるんじゃないでしょうか。


産経新聞がこんな記事を書いているけど、見通しが甘いんじゃないのかな。

リニア中央新幹線 静岡工区議論が新局面に 水資源問題前進でJR東海が新提案の積極姿勢 
https://www.sankei.com/article/20250902-44QZDEDB6BM6DM2JSZBHFZJLPM/


この記事へのコメント

柴橋
2025年09月13日 09:33
NPの活用の仕方はかなり無理があるということなのですね、今に始まったことではないのでしょうが。。
 一方、乗り物ニュースの記事で紹介されていた、バサルトFRP筋という玄武岩から作られた、鉄筋の代替素材。
 なんでもJR東海がリニアのために量産化技術に目処をつけた世界初の素材だそうで、鉄筋と比べ、非磁性、絶縁性、非腐食性、軽量(鉄筋の1/5)、高強度で、リニア以外の用途も見込んでいるのだとか。
 …しかし、この快挙をもってリニアの沿線環境への前科がなくなる訳でもなく、“汚れたヒーロー”であることに変わりはありません。
柴橋
2025年09月13日 11:12
もう何年前にもなりますが、長年南アルプスの地形地質を調査されてきた理学博士の松島信幸先生の講演会を聴講した際、建設土木分野の学生が土木工事による環境負荷を把握、認識出来るような知見を習得出来るようにすべきではないかと問題提起したことがありました。
 その後、そんな不都合な知見を与えるような教育改革を提案した一般人の意見など顧みられることはありませんでしたが、この間にも工事で死者を出し、回復不可能な水枯れを起こしてもリニアは止まっていません。
でも、やはり当事者が工事の環境・人道犯罪性を正しく認識すること以外にリニアを止める方法があるのかどうか、賽の河原で石積みするが如くの現状に何も期待出来ない虚しさを覚えます。
柴橋
2025年10月05日 17:11
会計分野の勉強を始めたら、我々が元々金星人のような智慧を持つ存在だったことを思い出しました!
 先日、国交大臣から不服審査請求に対する裁決書が送付され、我々の主張を全否定する内容だったのですが、なるほど、財務省の国家公務員が自殺するのも無理はないと感じる、国の体質がよくわかる表現に終始していました。
 客観的、科学的真実はどうでもよく、リニアであろうが、辺野古であろうが、老朽化原発運転継続であろうが、国が決めたことは正しいという言い草です。
 また、JR東海の言い分を丸ごと信用し、本当に環境破壊を回避する能力や手立てを持っているかの、審査は一切行われていません。
また、国も国民も自然環境も全てマネーの奴隷であるという価値観です。
 でも、本当は我々はそのようなマネーの使役動物ではない。マネーを介さずに生きることも出来るということを、そろそろ思い出してもよい頃だと思うのです。